野田MAPの定期公演です。再再演。
「キル」は、初演の映像を見たことがあるのだけど、そのときはそれほど強いインパクトがなかったのよね。
いや、もちろん、野田作品としてのクオリティはやっぱり凄いと思ったし、作品の持つ力も相当なものがあるのだけれども、多分私の中でのタイミングが全然あっていなかったんだと思う。
芸術作品って何でもそうだけど、受け手の側との相性とかタイミングで、受ける印象が全く違ってしまうものだから。
そういうわけで、実は今回の鑑賞に際しても、「ああ、あの話か〜」ぐらいで、主演もTV/映画(つまり映像)出身がメインだし、それほど期待してなかったんだよね(^^;。
あああ、なんて不遜な態度。
物語は、野田さん得意な時空入り乱れたファンタジー作品、といえるかな。
遊眠社時代に多かったタイプの物語構造で、これは近年とても写実的なストーリーが多かったのに比べて、とても嬉しい(^^)。
やっぱり私はこちらのタイプが好きだからさ。
モンゴルの羊の国を舞台に、言葉遊びの数々とスピーディな展開、そしてロマンチックとカタルシス溢れるクライマックス。
やっぱり野田舞台はこうでなくっちゃ!といったところでした(笑)。
主演の妻夫木クン。
公演が始まってそろそろ三週間でしょうか。なんだか声が…かすれてませんかねぇ(^^;。ところどころ、まだ力強さが残っていたけど、凄く声が残念な印象になってました。てか、もしかしてあれは彼の普通(舞台での)声なのか??
いろいろと危惧(というか覚悟)して見たので、ダメージは少なかった。思ったより良かったかも。
しかしやっぱり堤さんの印象が強いせいか、テムジンが若すぎるように見えて仕方ない(これは私の問題だけどさ)。
あと、キャラとしてどことなくぼやけた感じがした。役にしっくりきてないような…、公演期間の後半ではこれは解消されるかな??
そして、ヒロインの広末。
第一声で、野田舞台のヒロインに抜擢された理由がわかった(笑)。野田さん、こういう澄んだ高音域の声の女優さん、好きだよねえ。
だからってわけでもないんでしょうか、彼女は役に合っていた感じがしたな。
こちらも思ったよりも好印象でした。かわいらしく幼いシルクっぽさが出ていたな。
しかし、出演者の多くの方が、どうも声がかすれていたり、セリフが聞き苦しい場面が多かった気がする。
活舌がもともと悪いのか、今日の調子が悪かったのか、そのあたりはわかりませんけど、折角の美しい野田さんの言葉がちゃんと聞こえないのは哀しい。
そしてどうしても、私のほうが、初演の印象を引きずり過ぎてるような自覚があるのが、ちょっと複雑。
それだけ堤さんのテムジンに力があったっということか…。
今日の観劇では、勝村さんのはじけっぷりが一番印象的だったよ(^^;。
結髪って、そういう役だけどさ、その印象に主役が押されるようじゃ、駄目なんだと思うわけさ。
この印象、来月には変わってるかなあ??
ところで、先日やっと「キル」再演の映像を入手。
まだ見てないんだけど、古田@結髪を早くみたくて仕方がない(笑)。ああ、楽しみ〜。
「キル」は、初演の映像を見たことがあるのだけど、そのときはそれほど強いインパクトがなかったのよね。
いや、もちろん、野田作品としてのクオリティはやっぱり凄いと思ったし、作品の持つ力も相当なものがあるのだけれども、多分私の中でのタイミングが全然あっていなかったんだと思う。
芸術作品って何でもそうだけど、受け手の側との相性とかタイミングで、受ける印象が全く違ってしまうものだから。
そういうわけで、実は今回の鑑賞に際しても、「ああ、あの話か〜」ぐらいで、主演もTV/映画(つまり映像)出身がメインだし、それほど期待してなかったんだよね(^^;。
あああ、なんて不遜な態度。
物語は、野田さん得意な時空入り乱れたファンタジー作品、といえるかな。
遊眠社時代に多かったタイプの物語構造で、これは近年とても写実的なストーリーが多かったのに比べて、とても嬉しい(^^)。
やっぱり私はこちらのタイプが好きだからさ。
モンゴルの羊の国を舞台に、言葉遊びの数々とスピーディな展開、そしてロマンチックとカタルシス溢れるクライマックス。
やっぱり野田舞台はこうでなくっちゃ!といったところでした(笑)。
主演の妻夫木クン。
公演が始まってそろそろ三週間でしょうか。なんだか声が…かすれてませんかねぇ(^^;。ところどころ、まだ力強さが残っていたけど、凄く声が残念な印象になってました。てか、もしかしてあれは彼の普通(舞台での)声なのか??
いろいろと危惧(というか覚悟)して見たので、ダメージは少なかった。思ったより良かったかも。
しかしやっぱり堤さんの印象が強いせいか、テムジンが若すぎるように見えて仕方ない(これは私の問題だけどさ)。
あと、キャラとしてどことなくぼやけた感じがした。役にしっくりきてないような…、公演期間の後半ではこれは解消されるかな??
そして、ヒロインの広末。
第一声で、野田舞台のヒロインに抜擢された理由がわかった(笑)。野田さん、こういう澄んだ高音域の声の女優さん、好きだよねえ。
だからってわけでもないんでしょうか、彼女は役に合っていた感じがしたな。
こちらも思ったよりも好印象でした。かわいらしく幼いシルクっぽさが出ていたな。
しかし、出演者の多くの方が、どうも声がかすれていたり、セリフが聞き苦しい場面が多かった気がする。
活舌がもともと悪いのか、今日の調子が悪かったのか、そのあたりはわかりませんけど、折角の美しい野田さんの言葉がちゃんと聞こえないのは哀しい。
そしてどうしても、私のほうが、初演の印象を引きずり過ぎてるような自覚があるのが、ちょっと複雑。
それだけ堤さんのテムジンに力があったっということか…。
今日の観劇では、勝村さんのはじけっぷりが一番印象的だったよ(^^;。
結髪って、そういう役だけどさ、その印象に主役が押されるようじゃ、駄目なんだと思うわけさ。
この印象、来月には変わってるかなあ??
ところで、先日やっと「キル」再演の映像を入手。
まだ見てないんだけど、古田@結髪を早くみたくて仕方がない(笑)。ああ、楽しみ〜。
ずいぶん前にNHKの深夜劇場で放映されてたのを録画してあったのですよ。
やっと見れました。
この作品は、野田秀樹の「贋作・罪と罰」と原作としたミュージカルです。
もともと、「贋作〜」初演の振り付けとして参加していた謝珠栄が、自ら脚本演出に関わり、ミュージカルとして創ったものです。
実は、私が始めてお芝居を生で見たのは、ミュージカルでした。そういえば。
その後ミュージカルにはあんまり縁がないんですよね。
せいぜい花組芝居でミュージカルっぽい作品をやったのを見たぐらいかな。あ、あと、映画で「オペラ座〜」と「プロデューサーズ」も観たか。
ともかく、言ってみれば耐性がない状態だったのですよ(^^;。
個人的な好みだってのはわかってるんだけど…、シリアスな場面展開で歌って踊るのって…、観てるのが苦痛(笑)。
部分部分ではとても効果的な演出だと感じられるシーンもあるのだけど、全体的にはのめりこめない感覚がどこかにあって。
そういう意味ではもったいない鑑賞をしたかも。
「贋作〜」の初演は1995年で大竹しのぶ@英でした。こちらは私は未鑑賞。
「天翔ける風に」の初演は2001年で香寿たつき@英でした。今回TVで観たのはコレ。
「贋作〜」の再演が2005年で松たか子@英でした。こちらは観劇してます。
余談ですが「天翔ける風に」は2003年に同じ香寿たつき@英で再演されているようです。
というわけで、私としては2005年の舞台の印象が物凄く強い記憶として残っていて、その上でこのミュージカルを見たので、どうしようもなく両者を比較しながら観ることになってしまいました。
本当は、個別作品としてちゃんと独立した視点で鑑賞しないとフェアじゃないんでしょうけどねェ…。
ストーリーは、当然といえば当然ですが、同じです。
セリフも、歌になっていない部分はほぼ同じですし、大川の風も、覆された宝石箱も同じく出てきます。
それでもキャラクターたちは、演じている人が違い、演出が違うと、また違った人に見えてくるものなんだなあと、その部分に楽しめました。
こちらの作品の香寿@英は、さすがに宝塚で男役だった方が演じているだけあってとても男らしい女性だったのですが、クライマックスで才谷に告白した後は、才谷を、男を好きになった女、として立っていたように見えました。
これは、松@英の場合、才谷に告白した後も、才谷という男…というより、同志として、人間として、心を通じ合わせた人間として凛と立っていた、ように見えたのとは、かなり違う印象を受けたのです。
もしかしたら、こういう部分っていうのは、演出家の性が違う→野田(男性)と謝(女性)、という差が出たのかもしれません。
もちろん、女優の違いの部分もあるんでしょうが。
それにしても、歌の部分がやっぱりちょっと私には…。
後半、物語が動いていく部分で、英と才谷と智(英の妹)の掛け合い、というか合唱?、の部分では、折角歌詞が重要な場なのに、それぞれの言葉があんまりうまく耳に入ってこなくて、そこは残念だったなあ。
これは、ミュージカル経験値が少なかったからなのでしょうか?(謎)
と、いろいろと書きましたが、全体としては観てよかったと思います。
これは、野田ファンも一見の価値はあるんじゃないかしら。
やっと見れました。
この作品は、野田秀樹の「贋作・罪と罰」と原作としたミュージカルです。
もともと、「贋作〜」初演の振り付けとして参加していた謝珠栄が、自ら脚本演出に関わり、ミュージカルとして創ったものです。
実は、私が始めてお芝居を生で見たのは、ミュージカルでした。そういえば。
その後ミュージカルにはあんまり縁がないんですよね。
せいぜい花組芝居でミュージカルっぽい作品をやったのを見たぐらいかな。あ、あと、映画で「オペラ座〜」と「プロデューサーズ」も観たか。
ともかく、言ってみれば耐性がない状態だったのですよ(^^;。
個人的な好みだってのはわかってるんだけど…、シリアスな場面展開で歌って踊るのって…、観てるのが苦痛(笑)。
部分部分ではとても効果的な演出だと感じられるシーンもあるのだけど、全体的にはのめりこめない感覚がどこかにあって。
そういう意味ではもったいない鑑賞をしたかも。
「贋作〜」の初演は1995年で大竹しのぶ@英でした。こちらは私は未鑑賞。
「天翔ける風に」の初演は2001年で香寿たつき@英でした。今回TVで観たのはコレ。
「贋作〜」の再演が2005年で松たか子@英でした。こちらは観劇してます。
余談ですが「天翔ける風に」は2003年に同じ香寿たつき@英で再演されているようです。
というわけで、私としては2005年の舞台の印象が物凄く強い記憶として残っていて、その上でこのミュージカルを見たので、どうしようもなく両者を比較しながら観ることになってしまいました。
本当は、個別作品としてちゃんと独立した視点で鑑賞しないとフェアじゃないんでしょうけどねェ…。
ストーリーは、当然といえば当然ですが、同じです。
セリフも、歌になっていない部分はほぼ同じですし、大川の風も、覆された宝石箱も同じく出てきます。
それでもキャラクターたちは、演じている人が違い、演出が違うと、また違った人に見えてくるものなんだなあと、その部分に楽しめました。
こちらの作品の香寿@英は、さすがに宝塚で男役だった方が演じているだけあってとても男らしい女性だったのですが、クライマックスで才谷に告白した後は、才谷を、男を好きになった女、として立っていたように見えました。
これは、松@英の場合、才谷に告白した後も、才谷という男…というより、同志として、人間として、心を通じ合わせた人間として凛と立っていた、ように見えたのとは、かなり違う印象を受けたのです。
もしかしたら、こういう部分っていうのは、演出家の性が違う→野田(男性)と謝(女性)、という差が出たのかもしれません。
もちろん、女優の違いの部分もあるんでしょうが。
それにしても、歌の部分がやっぱりちょっと私には…。
後半、物語が動いていく部分で、英と才谷と智(英の妹)の掛け合い、というか合唱?、の部分では、折角歌詞が重要な場なのに、それぞれの言葉があんまりうまく耳に入ってこなくて、そこは残念だったなあ。
これは、ミュージカル経験値が少なかったからなのでしょうか?(謎)
と、いろいろと書きましたが、全体としては観てよかったと思います。
これは、野田ファンも一見の価値はあるんじゃないかしら。
▼「お気に召すまま」
2007年8月17日 演劇 コメント (2)私にしては珍しいチョイス。
だって、スッゴイ苦手意識のある蜷川の演出作品、多分あんまり相性が良くないと思われるシェイクスピアの作品、そしてキャストに今まで特別気になっている俳優がいるわけでもない作品。
…なんでチケットとったんだろう…(笑)。
ただ、ここ数年母を誘ってお芝居をいくつか見ていて、それを結構楽しんでくれているようだったので、一緒に見るにはいいかなと思ったのでした。
それで、丁度地元(地方)の公演があったので気軽にチケット手配したら、抽選であたってしまったのでした(^^;。
会場は、実家のある市の文化会館大ホール。
先月一ヶ月ほど上演していたBunkamuraシアターコクーンは、どちらかというと小さめの劇場なんだけど、当地の文化会館は結構大きいんですよ。
なので、演出とか全く同じってわけにはいかないだろうし、そのあたりへの興味もあったりしました。
お話は喜劇だったので、あんまり難しいのが得意じゃない母にもわかりやすかったみたいです。
演出は派手で、舞台壇上だけでなく、大きなホールの客席通路もふんだんに使ったダイナミックなもので、会場全体がお芝居の雰囲気に包まれている様子に感動していました。
ふふふ、誘ってよかったなあ。
お芝居の冒頭、ホールの一番後ろの扉から、俳優陣が一斉に通路を駆け抜けて壇上に揃うのですが、登場した途端の「キャー」という大声援で、観客の多くが若い主役たちの追っかけらしいとわかりました。声色が独特で。
自分がお芝居を見るようになって、こんなにアイドル色の強い配役はほとんどはじめてだったので、この観客側のリアクションにかなり違和感…というか戸惑いを感じたなあ。
最後のカーテンコールでは、舞台上の俳優にブーケとかプレゼントを渡そうとしたファン(?)が数名いて、その場違いさにちょっとネガティブな感情を抱いてしまったよ。
ともあれ。
アーデンの森を描いた舞台美術もなかなかに雰囲気があったし、楽しみにしていたオールメールによる演出も許容範囲だったし、観てよかったです。
本当はロザリンド@成宮を楽しみに観にいったんだけど、結果的にはシーリア@月川に惚れました(笑)。
私、ああいうクールビューティって好き〜(^^)。
だって、スッゴイ苦手意識のある蜷川の演出作品、多分あんまり相性が良くないと思われるシェイクスピアの作品、そしてキャストに今まで特別気になっている俳優がいるわけでもない作品。
…なんでチケットとったんだろう…(笑)。
ただ、ここ数年母を誘ってお芝居をいくつか見ていて、それを結構楽しんでくれているようだったので、一緒に見るにはいいかなと思ったのでした。
それで、丁度地元(地方)の公演があったので気軽にチケット手配したら、抽選であたってしまったのでした(^^;。
会場は、実家のある市の文化会館大ホール。
先月一ヶ月ほど上演していたBunkamuraシアターコクーンは、どちらかというと小さめの劇場なんだけど、当地の文化会館は結構大きいんですよ。
なので、演出とか全く同じってわけにはいかないだろうし、そのあたりへの興味もあったりしました。
お話は喜劇だったので、あんまり難しいのが得意じゃない母にもわかりやすかったみたいです。
演出は派手で、舞台壇上だけでなく、大きなホールの客席通路もふんだんに使ったダイナミックなもので、会場全体がお芝居の雰囲気に包まれている様子に感動していました。
ふふふ、誘ってよかったなあ。
お芝居の冒頭、ホールの一番後ろの扉から、俳優陣が一斉に通路を駆け抜けて壇上に揃うのですが、登場した途端の「キャー」という大声援で、観客の多くが若い主役たちの追っかけらしいとわかりました。声色が独特で。
自分がお芝居を見るようになって、こんなにアイドル色の強い配役はほとんどはじめてだったので、この観客側のリアクションにかなり違和感…というか戸惑いを感じたなあ。
最後のカーテンコールでは、舞台上の俳優にブーケとかプレゼントを渡そうとしたファン(?)が数名いて、その場違いさにちょっとネガティブな感情を抱いてしまったよ。
ともあれ。
アーデンの森を描いた舞台美術もなかなかに雰囲気があったし、楽しみにしていたオールメールによる演出も許容範囲だったし、観てよかったです。
本当はロザリンド@成宮を楽しみに観にいったんだけど、結果的にはシーリア@月川に惚れました(笑)。
私、ああいうクールビューティって好き〜(^^)。
▼野田MAP番外公演「THE BEE」英語ヴァージョン
2007年7月21日 演劇 コメント (2)もともとオリジナル作品ってのは、こちら英語版になるんですね。
野田さんが、最初から英語で脚本を作っていったわけだし。
セリフはすべて英語でした。
私は外国語は全然駄目なので、当然何を言っているのかはわかりません。
一応、舞台の両端に日本語字幕がつくので、英語がわからない人はそこを見ることもできます。
でもまあ、日本版を観ているので、なんとなくセリフの想像がつくので、役者の動きのほうに集中してみることにしました。
前回は一番後ろの席だったので、舞台を俯瞰する感じでしたが、今回はかなり前のほうの席だったので、役者さんたちの表情がすごくよく見えたのはよかったです。
特に、今回は役者としての野田さんがよーく観えたのはうれしかったな。
気の強いストリッパー女性ということで、表情も口調もキツイものだったのが、だんだん儀式の繰り返しになっていくにつれ、眼がうつろに、でも何か異質なものでギラギラしてくるような、静かで恐ろしい表情になっていく。
また、物腰もはすっぱな女性らしい振る舞いだったものが、段々緩慢になっていき、ラストあたりはぐんにゃりとした女体らしく見えました。
このあたり、舞台の終了後、野田さんがカーテンコールとして裏から出てきて、挨拶をして、っていう動きが、あんまりにも一男性としての野田さんの動きだったりするのね。
それで、それまでの舞台での動きとの差として、ああ全然違う動きなんだなあ、そういうのがわかるぐらいに演じていたんだよなあ、すごいなあ…と感じられたのでした。
舞台装置も衣装も日本版とはまったく別物でした。
それで思ったのが、英語版のほうが演出としてとても完成度が高いものだったような感じを受けたのよね。
これはやっぱり再演の強みなのかなあ。
役者さんたちの動き(演技や仕草というよりも、進行にかかわる移動)にも無駄がなく感じられたし、ひとつひとつのシーンの切替もわかりやすかったと思う。
これでヒアリングが出来たら、もっとこの醍醐味を味わえたのかと思うと、とても残念でした。
英語版はどうもまだチケットが残ってるらしいです。
日本版だけでいいや、と思っていたあなた。それは大間違いですよ!
野田さんが、最初から英語で脚本を作っていったわけだし。
セリフはすべて英語でした。
私は外国語は全然駄目なので、当然何を言っているのかはわかりません。
一応、舞台の両端に日本語字幕がつくので、英語がわからない人はそこを見ることもできます。
でもまあ、日本版を観ているので、なんとなくセリフの想像がつくので、役者の動きのほうに集中してみることにしました。
前回は一番後ろの席だったので、舞台を俯瞰する感じでしたが、今回はかなり前のほうの席だったので、役者さんたちの表情がすごくよく見えたのはよかったです。
特に、今回は役者としての野田さんがよーく観えたのはうれしかったな。
気の強いストリッパー女性ということで、表情も口調もキツイものだったのが、だんだん儀式の繰り返しになっていくにつれ、眼がうつろに、でも何か異質なものでギラギラしてくるような、静かで恐ろしい表情になっていく。
また、物腰もはすっぱな女性らしい振る舞いだったものが、段々緩慢になっていき、ラストあたりはぐんにゃりとした女体らしく見えました。
このあたり、舞台の終了後、野田さんがカーテンコールとして裏から出てきて、挨拶をして、っていう動きが、あんまりにも一男性としての野田さんの動きだったりするのね。
それで、それまでの舞台での動きとの差として、ああ全然違う動きなんだなあ、そういうのがわかるぐらいに演じていたんだよなあ、すごいなあ…と感じられたのでした。
舞台装置も衣装も日本版とはまったく別物でした。
それで思ったのが、英語版のほうが演出としてとても完成度が高いものだったような感じを受けたのよね。
これはやっぱり再演の強みなのかなあ。
役者さんたちの動き(演技や仕草というよりも、進行にかかわる移動)にも無駄がなく感じられたし、ひとつひとつのシーンの切替もわかりやすかったと思う。
これでヒアリングが出来たら、もっとこの醍醐味を味わえたのかと思うと、とても残念でした。
英語版はどうもまだチケットが残ってるらしいです。
日本版だけでいいや、と思っていたあなた。それは大間違いですよ!
▼野田MAP番外公演「THE BEE」日本ヴァージョン
2007年7月6日 演劇 コメント (2)原作は筒井康隆の「毟りあい」。
去年だったかな、ロンドンで上演されたものの、日本ヴァージョンを観てきました。
ちなみに、今月後半にはロンドンヴァージョンも上演されます。
ストーリーは、80年代筒井さんの短編でよく使われていた、ブラックジョークなものでした。
脱獄犯に妻子を人質にとられた男が、同じように脱獄犯の妻子を人質にとって恐喝合戦を繰り返す、というもの。
こういうのは筒井さんは得意だよねえ。
小説で読むと、世界観というか漂う雰囲気で、私なんかは強くフィクション感(っていうのかな)を感じてしまい、主人公と脱獄犯との恐喝合戦あたりはもう笑ってしまうというか、ありえないこととして楽しんでしまう傾向があるのよね。
が、これが生身の人間が演じる舞台演劇という形をとると、ここまでリアルな感触を受けることになるとは、ちょっと想像を超えていました。
もちろん、このあたりの感覚は野田さんの意図するところだろうから、その点しっかり観客から引き出しているのは、やっぱり演出が巧いんだと思います。
キャストは四人。主人公以外はいろんな役を瞬時に切り替えて演じ分けていて、これは赤鬼の日本版でも使っていたやり方ですね。
しかしこういうのは役者の力量が出ますから、皆さんさすがにプロだなあって感じました。
一人、コンドルズの近藤さんは役者は初挑戦らしいのですが、もともと身体で自己表現をしてきた人だということもあり、動きも演技もびっくりするぐらい巧かった。
セリフ回しもちゃんとしてたと思うし、役者の素人には見えませんでした。
凄い。
舞台でセクシャルな描写があったのは、野田さんにしては珍しいかな。
とはいえ、その表現がとても象徴的だったのは、「らしい」かもしれない。
これが、松尾さんだったりすると物凄くどぎついエロティックな演出になったりしそうだし。
テーマは、「ロープ」に続き、暴力に関することだった。
いや、ロンドン版の「THE BEE」のほうが「ロープ」より前になるのかな。
ともあれ、近年の世界情勢が野田さんに与える印象として強烈なものなんだろうなあ、と想像します。
殴られたら、殴り返す。
これを続けていくと、終わりがない。一方あるいは両方が倒れるまで止められない連鎖に入り込んでしまう。
これをどちらか(あるいは両者が)倒れる前に終わらせる方法の一つは、殴り返すことを止めることだ。
それにしたって、殴り返さないのをいいことに、殴り続けてくる輩だっているだろう。
それでも、殴り返さないということを実行しないと、終わりのきっかけは発生しないんじゃないだろうか。
そもそも最初から殴らないのが一番いいのだし、次善としては殴り返さない、というのも大事なわけで。
そんな当たり前なことを、でも凄くリアリティをもって見せ付けられたのが、本公演でありました。
一時間ちょっとの短い舞台ですが、その内容は圧縮され密度の高いものになっています。
その濃いドロドロとしたものから、どういう要素を引き出して感じるのか、それはすべて観客にゆだねられているのかもしれません。
さて、次のロンドン版ではトランスジェンダー版でもあります。
どんな印象を受けるのか、楽しみです。
去年だったかな、ロンドンで上演されたものの、日本ヴァージョンを観てきました。
ちなみに、今月後半にはロンドンヴァージョンも上演されます。
ストーリーは、80年代筒井さんの短編でよく使われていた、ブラックジョークなものでした。
脱獄犯に妻子を人質にとられた男が、同じように脱獄犯の妻子を人質にとって恐喝合戦を繰り返す、というもの。
こういうのは筒井さんは得意だよねえ。
小説で読むと、世界観というか漂う雰囲気で、私なんかは強くフィクション感(っていうのかな)を感じてしまい、主人公と脱獄犯との恐喝合戦あたりはもう笑ってしまうというか、ありえないこととして楽しんでしまう傾向があるのよね。
が、これが生身の人間が演じる舞台演劇という形をとると、ここまでリアルな感触を受けることになるとは、ちょっと想像を超えていました。
もちろん、このあたりの感覚は野田さんの意図するところだろうから、その点しっかり観客から引き出しているのは、やっぱり演出が巧いんだと思います。
キャストは四人。主人公以外はいろんな役を瞬時に切り替えて演じ分けていて、これは赤鬼の日本版でも使っていたやり方ですね。
しかしこういうのは役者の力量が出ますから、皆さんさすがにプロだなあって感じました。
一人、コンドルズの近藤さんは役者は初挑戦らしいのですが、もともと身体で自己表現をしてきた人だということもあり、動きも演技もびっくりするぐらい巧かった。
セリフ回しもちゃんとしてたと思うし、役者の素人には見えませんでした。
凄い。
舞台でセクシャルな描写があったのは、野田さんにしては珍しいかな。
とはいえ、その表現がとても象徴的だったのは、「らしい」かもしれない。
これが、松尾さんだったりすると物凄くどぎついエロティックな演出になったりしそうだし。
テーマは、「ロープ」に続き、暴力に関することだった。
いや、ロンドン版の「THE BEE」のほうが「ロープ」より前になるのかな。
ともあれ、近年の世界情勢が野田さんに与える印象として強烈なものなんだろうなあ、と想像します。
殴られたら、殴り返す。
これを続けていくと、終わりがない。一方あるいは両方が倒れるまで止められない連鎖に入り込んでしまう。
これをどちらか(あるいは両者が)倒れる前に終わらせる方法の一つは、殴り返すことを止めることだ。
それにしたって、殴り返さないのをいいことに、殴り続けてくる輩だっているだろう。
それでも、殴り返さないということを実行しないと、終わりのきっかけは発生しないんじゃないだろうか。
そもそも最初から殴らないのが一番いいのだし、次善としては殴り返さない、というのも大事なわけで。
そんな当たり前なことを、でも凄くリアリティをもって見せ付けられたのが、本公演でありました。
一時間ちょっとの短い舞台ですが、その内容は圧縮され密度の高いものになっています。
その濃いドロドロとしたものから、どういう要素を引き出して感じるのか、それはすべて観客にゆだねられているのかもしれません。
さて、次のロンドン版ではトランスジェンダー版でもあります。
どんな印象を受けるのか、楽しみです。
戦時下の昭和15年の東京。検閲官・向坂は劇団「笑の大学」の座付き作家・椿に次々と無理難題をふっかけ、直せなければ上演中止だと脚本の書き直しを迫る。が、椿はその要求を聞いてさらに素晴らしい脚本を作りあげていく。そんな2人が、ガチンコ対決を通して次第に不思議なきずなを芽生えさせていく様を描く。
←リンク先は映画版だけど、見たのは舞台版。
主演の二人は、検閲官に西村雅彦、座付き作家に近藤芳正。
この舞台は何度か再演されているのだけど、今回放映されたのは98年版です。
映画化もされ、ロシアやカナダでも現地のキャストによって舞台化されているこの作品が、今年ロンドンでも上演されることになったそうです。
そんなわけでWOWOWが舞台版と映画版を一挙放映してくれました!
ありがとう、WOWOW!(笑)
映画のほうは公開したときに見ていたのだけど、舞台版は見たことがなかったのよね。
で、映画公開の際に、やっぱり舞台版のほうが面白いっていう感想を目にしていたので、ずっと興味があったんだよね〜。
しかも、西村さんと三谷さんの組み合わせって、もう今ではありえないから、余計に。
で、やっぱり舞台のほうが面白かったです。
もともとラジオドラマとして作られた物語で、その後二人芝居になっているので、登場人物も少なく、場面は検閲室(っていうの?)のみという三谷さんお得意の密室劇です。
登場人物が少ない分、テンポと間が大事なこの作品は、やっぱり映画というメディアには向いてないんだよねえ。と、実感しました。
WOWOWでは英国版の宣伝も放映していて、こちらもなんだか面白そうな雰囲気。
是非見てみたいですなあ。
男女二人の舞台劇。
どうやらもともとはTVドラマのコンセプトだったらしいんだけど、それを舞台でやっちゃおう、ってことでパルコで上演されたらしい。
それをWOWOWで公開、ということだそうで。
二人劇ということで、30分という短い時間の中で、濃いシーンを見ることができたと思う。
それに、出演者が皆さん、キャリアも立派な人たちばかりで、安心してみられました。
キャストがとっても好きでよかったな〜と思ったのは、YOUと生瀬さんの「兄への伝言」。YOUの奔放な演技がいい味になってます。
我ながら意外にストーリーに入り込んでしまったのが、「結婚相談所」。最後に、単純にハッピーエンドにもっていかなかった脚本にうならされました。雰囲気が上品な作品になってましたね。
そして山寺さんと水野美紀が元夫婦という「スパイス・イン・ザ・バスケット」、山寺さんの心地よい声がステキです。
最初は恋愛もの〜?と思ってあんまり期待してなかったんですが(自分の好みから外れてるので)、意外に楽しめました。
こういうのも、たまにはいいですね。
参考までに。
http://escala.jp/pre_info/news/bn/061027/index.html
http://www.theaterguide.co.jp/pressnews/2006/11/09_2.html
どうやらもともとはTVドラマのコンセプトだったらしいんだけど、それを舞台でやっちゃおう、ってことでパルコで上演されたらしい。
それをWOWOWで公開、ということだそうで。
二人劇ということで、30分という短い時間の中で、濃いシーンを見ることができたと思う。
それに、出演者が皆さん、キャリアも立派な人たちばかりで、安心してみられました。
キャストがとっても好きでよかったな〜と思ったのは、YOUと生瀬さんの「兄への伝言」。YOUの奔放な演技がいい味になってます。
我ながら意外にストーリーに入り込んでしまったのが、「結婚相談所」。最後に、単純にハッピーエンドにもっていかなかった脚本にうならされました。雰囲気が上品な作品になってましたね。
そして山寺さんと水野美紀が元夫婦という「スパイス・イン・ザ・バスケット」、山寺さんの心地よい声がステキです。
最初は恋愛もの〜?と思ってあんまり期待してなかったんですが(自分の好みから外れてるので)、意外に楽しめました。
こういうのも、たまにはいいですね。
参考までに。
http://escala.jp/pre_info/news/bn/061027/index.html
http://www.theaterguide.co.jp/pressnews/2006/11/09_2.html
▼野田MAP「ロープ」
2006年12月29日 演劇野田さんの新作。
今月の頭から公演は始まっているので、あちこちで評判を見かけた。
でもネタバレを避けたかったので具体的なストーリーは知らないままの感激でした。
ただ、ここしばらくの野田作品を批判していた人だとかも含めて、ほとんどの人が今作を高評価していたので、楽しみにしていたのでした。
舞台は弱小プロレス団体。
そこの看板プロレスラーがひきこもりになっているところから始まる。
最初、野田さんとプロレスっていうのがピンとこなくて、また個人的にもプロレスって全然知らないので、どういう展開になるのかな〜って思っていたんだけど。
リングの中で演出される試合が、八百長なのか、というところから、観客でいること、それが傍観者となること、と発展していく。
暴力を目にすること、それを許容すること、ひいては暴力を許すということ、結果的に暴力を否定しないという意味で肯定している民衆というもの。
近年の野田さんの意識が、激しさをもって明らかにされていました。
途中、たましい@宮沢りえの実況中継シーンでは、ホンキで吐き気をもよおすほどで、見ていてとても辛かった…。
きっと目をそらしてはいけないことなんだろうけれども…、直視するには悲しすぎる現実と虚構…。
観る前から評判がよくて、もう一回ぐらい観れるといいかなあとチケットゲットをがんばろうと思っていたのだけど、今日観劇して…やめようと思いました。
すばらしい物語、演出、強いメッセージ、高いクオリティ。
どれも本当だと思うけれども、公演期間中という短期間でもう一回も観るには、鑑賞に必要な力が私には足りないです。
それだけの力を観客に要求する作品だと思います。
でも、だから、多くの人に知って欲しい作品でもあります。
知って、いろんなことを感じて欲しいし、感じるべき作品でもあると思います。
今月の頭から公演は始まっているので、あちこちで評判を見かけた。
でもネタバレを避けたかったので具体的なストーリーは知らないままの感激でした。
ただ、ここしばらくの野田作品を批判していた人だとかも含めて、ほとんどの人が今作を高評価していたので、楽しみにしていたのでした。
舞台は弱小プロレス団体。
そこの看板プロレスラーがひきこもりになっているところから始まる。
最初、野田さんとプロレスっていうのがピンとこなくて、また個人的にもプロレスって全然知らないので、どういう展開になるのかな〜って思っていたんだけど。
リングの中で演出される試合が、八百長なのか、というところから、観客でいること、それが傍観者となること、と発展していく。
暴力を目にすること、それを許容すること、ひいては暴力を許すということ、結果的に暴力を否定しないという意味で肯定している民衆というもの。
近年の野田さんの意識が、激しさをもって明らかにされていました。
途中、たましい@宮沢りえの実況中継シーンでは、ホンキで吐き気をもよおすほどで、見ていてとても辛かった…。
きっと目をそらしてはいけないことなんだろうけれども…、直視するには悲しすぎる現実と虚構…。
観る前から評判がよくて、もう一回ぐらい観れるといいかなあとチケットゲットをがんばろうと思っていたのだけど、今日観劇して…やめようと思いました。
すばらしい物語、演出、強いメッセージ、高いクオリティ。
どれも本当だと思うけれども、公演期間中という短期間でもう一回も観るには、鑑賞に必要な力が私には足りないです。
それだけの力を観客に要求する作品だと思います。
でも、だから、多くの人に知って欲しい作品でもあります。
知って、いろんなことを感じて欲しいし、感じるべき作品でもあると思います。
▼演劇集団キャラメルボックス タイムトラベルシアターVol.1「スキップ」
2006年10月7日 演劇昭和40年代の初め。わたし一ノ瀬真理子は17歳、千葉の海近くの女子高二年。それは九月、大雨で運動会の後半が中止になった夕方、わたしは家の八畳間で一人、レコードをかけ目を閉じた。目覚めたのは桜木真理子42歳。夫と17歳の娘がいる高校の国語教師。わたしは一体どうなってしまったのか。独りぼっちだ―でも、わたしは進む。心が体を歩ませる。顔をあげ、『わたし』を生きていく。
原作は北村薫の同名小説。
これをキャラメルボックスが舞台化したものです。
偶然NHKの深夜舞台放映でやってたのを録画したのでした。で、ずっとだらだら細切れで見ていて(^^;、やっと最後まで見終わったのが今日だったのです。かれこれ…半年ぐらい?(^^;;;;
原作はかなり昔に読んだのですが、さすがに細部は忘れてましたね〜。
それでも、舞台はかなり小説に忠実に作られているような印象をうけました。
とにかく、脚本がかなりの出来だと思います。
ところどころ、小説でいうと地の文にあたる文章をナレーションとして活用し、場面の変わるところで二人の真理子が入れ替わったりと、演出もなかなかでした。
北村薫の、あの甘酸っぱいクラシカルな少女風味が、演劇の中でちゃんと表現されているのには、本当に凄いですよ〜。
演劇表現と原作者のテイストが好きな人には、是非とも必見の舞台です。
私はTVでやってたのを見たわけですけど、どうやらDVDも発売されているみたい。
興味のある方は是非!
「七人ぐらいの兵士」(2000年)、「JOKER」(2004年)と演劇史上最高の笑いと感涙を呼び起こしたカンパニーが帰ってくる!!
明石家さんま、生瀬勝久、そして演出にはこの夏公開の初監督作品の映画「花田少年史・幽霊と秘密のトンネル」が話題の水田伸生。今回脚本を手掛けるのは、明石家さんま主演のドラマや「相棒」等シリーズ物の脚本など、ヒット作品の仕掛け人、輿水泰弘。
またキャストは、宝塚歌劇団元花組トップスターで、退団後はTV、CFにも活動の場を拡げている真矢みきを迎え、舞台からTVまで活躍中の個性派俳優たちが集結!!
折角コクーンでやるなら、是非とも観ないと!と思って、チケ取り。
しかしスタートダッシュで出遅れて、席はあんまりよくなかった…。
まあでも、観れたし、いいか。
元劇団そとばこまちの座長だった生瀬さんと、脚本家の輿水氏が、さんまさんを迎えて喜劇をやろう、といって始まったのがこのカンパニー。
そういう成り立ちなので、舞台の構成もまずはさんまさんの笑いありき。
彼の笑いの姿勢が好きな人なら、楽しめること間違いなしです。
さすがにさんまさんは演劇人ではないので、シリアスなシーンでの様子とかは絶妙とは行きませんが(^^;、しかし笑いのシーンでは本領発揮してました。
そして、笑いのシーンで自由にさんまさんを泳がせることで笑いの質を高めつつ、しかし演劇のシーンでは、ややもすればさんまさんのツッコミに路線が逸れそうになるところを(笑)、生瀬さんや真矢さん、温水さんといったベテランがちゃんと(さりげなく)軌道修正して運んでいく様子は、巧いなぁとうならされます。
ストーリーは、戦時中でありながらも(だからこそ)笑いが民衆に必要だと主張する、劇団座長小鹿(さんま)とそれを取り締まる情報局員の塙(生瀬)を軸としたドタバタ劇。
最後に赤紙が届いたりして、クライマックスでしんみりしちゃうあたり、以前さんまさん主演で放送していたドラマ「さとうきび畑の唄」を思い出しました。
とにかく、楽しく笑って過ごした二時間半でした。
隣の席の見知らぬおじさんの笑い声が大きかったのがちょっと気になったけど(^^;、でも喜劇ですからね、こんなものでしょう。
▼「あわれ彼女は娼婦」
2006年7月22日 演劇三上博史と深津絵里による、禁断の兄妹愛を世界の蜷川が演出!
ってのがウリなんだろうなあ(^^;。
とりあえず三上さんだしー、深津だしーと思って観に行ってきました。
でも私の苦手な蜷川だしなーと少しだけ不安も抱えつつ…。
脚本は、シェイクスピアと同時代に生きた作家ジョン・フォードのもの、だそうです。
全然知らなかったのだけど、ということは、脚本は古典といっていいんでしょうね。
そのせい…というか、時代背景のせいなんでしょう、宗教の描かれ方にイマイチよりそうことができなくて、だから余計に枢機卿というキャラクターの扱い方に理解がしずらかったです。
あんなもんなんだろうか。
で、お目当ての俳優さんたちは、やはり思った通りに麗しく、綺麗で巧くて迫力がありました。
少し気になったのは、三上さんの喋り方。
ジョバンニは、禁じられた感情を内に秘めたとても激しいキャラクターで、また英国古典特有(に感じられる)な感情の吐露の饒舌さゆえに、絶えず早口で強く話すシーンが多かったのね。
だからか、単語そのものがするすると流れ出ていき耳に流れ込んでくるというよりも、言葉が怒涛のように押し寄せてきて馴染む前に耳から離れていってしまうというような、内側に入る前にいなくなってしまうようなセリフに聞こえてしまった。
まあこれは、私のほうが、あの時代の脚本にある単語に対して耐性がなかったことが大きいのかもしれないけれども。
それから、谷原章介さんは発声がすこーしだけ弱かったかな〜。
正面を向いた時と、横を向いている時の声があからさまに違って聞こえたのは何でだろう。
深津の声が独特で、始終力強かったのに比べ、同じシーンに出てくるソランゾ@谷原がちょっとだけ弱く聞こえることがあったので、比較の問題かな?
そうそう。
今回古典ってことで、衣装も時代性があったわけだけど、ソランゾの衣装が格好よかったな〜。あのマントとか、柄とかが彼のキャラクターを際立たせていて、イイです、うん。
また谷原さんのスタイルもよかったんだと思う。
チュニックの胸の編み上げとか絞られたウエスト部分が、その下のスカート部分のシルエットを強調していて、美しい〜。
逆に、ジョバンニの白いブラウスに黒く長いスカート部分は、どうにも上下のバランスが悪く感じてしまったんだよね。あれは何故だろう…。
それにしても長い芝居でした。
途中休憩入れて三時間だもの。
そしてやっぱり私は蜷川が苦手だったよ(^^;。
冒頭の馬には、クラクラした…。
途中、扉とカーテンと照明の演出は綺麗だとは思ったけどね。
次は貴子ちゃんの舞台が蜷川なんだよなー。
ううう、女優目当てにやっぱり見たい…が…。
悩む…。
ってのがウリなんだろうなあ(^^;。
とりあえず三上さんだしー、深津だしーと思って観に行ってきました。
でも私の苦手な蜷川だしなーと少しだけ不安も抱えつつ…。
脚本は、シェイクスピアと同時代に生きた作家ジョン・フォードのもの、だそうです。
全然知らなかったのだけど、ということは、脚本は古典といっていいんでしょうね。
そのせい…というか、時代背景のせいなんでしょう、宗教の描かれ方にイマイチよりそうことができなくて、だから余計に枢機卿というキャラクターの扱い方に理解がしずらかったです。
あんなもんなんだろうか。
で、お目当ての俳優さんたちは、やはり思った通りに麗しく、綺麗で巧くて迫力がありました。
少し気になったのは、三上さんの喋り方。
ジョバンニは、禁じられた感情を内に秘めたとても激しいキャラクターで、また英国古典特有(に感じられる)な感情の吐露の饒舌さゆえに、絶えず早口で強く話すシーンが多かったのね。
だからか、単語そのものがするすると流れ出ていき耳に流れ込んでくるというよりも、言葉が怒涛のように押し寄せてきて馴染む前に耳から離れていってしまうというような、内側に入る前にいなくなってしまうようなセリフに聞こえてしまった。
まあこれは、私のほうが、あの時代の脚本にある単語に対して耐性がなかったことが大きいのかもしれないけれども。
それから、谷原章介さんは発声がすこーしだけ弱かったかな〜。
正面を向いた時と、横を向いている時の声があからさまに違って聞こえたのは何でだろう。
深津の声が独特で、始終力強かったのに比べ、同じシーンに出てくるソランゾ@谷原がちょっとだけ弱く聞こえることがあったので、比較の問題かな?
そうそう。
今回古典ってことで、衣装も時代性があったわけだけど、ソランゾの衣装が格好よかったな〜。あのマントとか、柄とかが彼のキャラクターを際立たせていて、イイです、うん。
また谷原さんのスタイルもよかったんだと思う。
チュニックの胸の編み上げとか絞られたウエスト部分が、その下のスカート部分のシルエットを強調していて、美しい〜。
逆に、ジョバンニの白いブラウスに黒く長いスカート部分は、どうにも上下のバランスが悪く感じてしまったんだよね。あれは何故だろう…。
それにしても長い芝居でした。
途中休憩入れて三時間だもの。
そしてやっぱり私は蜷川が苦手だったよ(^^;。
冒頭の馬には、クラクラした…。
途中、扉とカーテンと照明の演出は綺麗だとは思ったけどね。
次は貴子ちゃんの舞台が蜷川なんだよなー。
ううう、女優目当てにやっぱり見たい…が…。
悩む…。
▼「まとまったお金の唄」
2006年5月20日 演劇太陽の塔から落っこちて、お父ちゃんが死んで…。1970年代の大阪を舞台に、母娘3代、「お金に泣かされっぱなし」な家族の物語。大人計画の公演用に書き下ろされた戯曲。
初、大人計画(笑)。
松尾スズキプロデュース公演は見たことがあったけど、大人計画の公演は始めて。
どういうタイプの作品を作る劇団なのか、興味津々で観てきました。
「お金」がキーワード…になっているらしいタイトルだしあらすじなんだけど、実際はお金はあんまりキーにはなっていなかったような気がする(^^;。
いや、蒼木家が貧乏で、その貧乏こそが問題であはったのだけど、それよりもなんだか登場人物たちのごった煮状態(群像劇)はお金よりもセクシャリティの問題のほうが大きかった気がする…(笑)。
お話はドタバタ・コメディで、笑っているうちに終わったって感じ。
楽しかった。
俳優さんは、大好きな荒川良々、阿部サダヲが思いっきりキャラを弾けさせていて満足満腹。
私が舞台を観る基準の一番は、演出家に興味があるかどうか。
ってことが多い。
だから気に入った演出家の舞台を観ることが多くなるわけで、そうすると必然的にその演出家の癖というか魅力的な特徴を何度も目にすることになるわけで、だんだんマンネリな印象をうけがちなのね。
その意味で、松尾さんの演出は今回二度目。
今のところ、他の私の好きな演出家ほどには特徴的なものが見出せないのだけど(しいていうと、ちょっと下品かなあ(笑))、楽しく過ごせたので、よかった。
次の公演チケ争奪戦も頑張ってみる予定。
まあでもこの劇団は俳優の力量がハンパじゃないので、そのエネルギーで強引に舞台を成功させることも可能にみえるんだよね。
そういえば、こういう「自分の劇団」を持ってる演出家の舞台を観ること自体が久しぶりだったなあ。
劇団公演って、よくも悪くも俳優同士のつながりの深さが作品に影響してくるものなので、寄せ集めのプロデュース公演とは違った雰囲気があって、これもいい効果になっていたと思ったのでした。
KERAさん演出のプロデュース公演…になるのかな?
過去に何度か見ているKERAさんの舞台で、しかもここで書いてる感想でも「なんとなく合わないな」とかいいつつ、何故かまた観てます…(^^;。
ああ、しかし、今回ほど合わない…と思った作品もなかったよ…(^^;;;。
物語は二つの世界を行き来して描かれます。が、別にそれぞれの世界が繋がることも、物語上の設定として繋がっていることもありません。別々の人たちが別々の世界に生きているといった風。
お話は、一方が土星人の侵攻によって始まった戦争の世界、一方は普通の日本のようで命の電話(自殺者用ホットライン???)のようなことをしている会社の物語。
相変わらずバックボーンの説明はなし、世界観も少しずつ描いてはいるもののたいして重要ではなく、ただひたすらに登場人物の個々の造詣には凄くリアリティがあって(いるいる、こういう人。とか、こういう話し方をする人ってあるなぁ。とか)、場面場面は笑えたり苦しかったり衝撃をうけたりする。
しかし、舞台の全部を観終わってみると、では一体この作品でどういうことをやりたかったのだろうかという部分が、全然伝わってこないのね。
例えば、お話が起承転結という意味でちゃんと収束してなくても、それは別に大きな問題じゃないと思うのね。
少しずつ小出しにされる伏線とかエピソードとか、それらの表現だけで十分想像可能だし、そういう想像を楽しむのは嫌いじゃないし。
演出の方法としても、回転舞台であるとか、二つの世界が交わってセリフが交差するのだとか、そういうのも特別新しくはないし、ごちゃ混ぜになることもなく分かるから、まあいいのよ。
ただねぇ…。
うーん。
KERAさんとしては、悲劇があるなら喜劇もあるし、だから感動もあれば特別な感情を呼び起こさないこともあり、死を描くなら生も描くべきで、演劇というものはすべからくテーマを持つべきだという主張もアリなら、特にテーマなどないといった主張もアリではないか、と。
そのようなことがパンフの前書きにあったし、実際今回の舞台はそういった言葉通りなものだったと思う。
そういう意味ではこれは実験的な舞台…とも言えるのかもしれないけど…。
実際問題として。
これだけのネームバリューのある役者と舞台を使って、長い作品を提示していて…、私はそれらのバランスがうまくとれていたようには思えないんだよね。
不条理を不条理として受け止めるタイプの人ならば楽しめるのでは…、というこの舞台への感想を目にもしたけど、これはそういうものじゃない気がする。
仮に不条理劇であってもやはり、作品全部からの印象として何かが漂ってくる、そういうのが「作品」というものではないか、と思うから。
んんん、やっぱり私はKERAさんと相性がよくないのだなぁと実感してしまったのでした。
過去に何度か見ているKERAさんの舞台で、しかもここで書いてる感想でも「なんとなく合わないな」とかいいつつ、何故かまた観てます…(^^;。
ああ、しかし、今回ほど合わない…と思った作品もなかったよ…(^^;;;。
物語は二つの世界を行き来して描かれます。が、別にそれぞれの世界が繋がることも、物語上の設定として繋がっていることもありません。別々の人たちが別々の世界に生きているといった風。
お話は、一方が土星人の侵攻によって始まった戦争の世界、一方は普通の日本のようで命の電話(自殺者用ホットライン???)のようなことをしている会社の物語。
相変わらずバックボーンの説明はなし、世界観も少しずつ描いてはいるもののたいして重要ではなく、ただひたすらに登場人物の個々の造詣には凄くリアリティがあって(いるいる、こういう人。とか、こういう話し方をする人ってあるなぁ。とか)、場面場面は笑えたり苦しかったり衝撃をうけたりする。
しかし、舞台の全部を観終わってみると、では一体この作品でどういうことをやりたかったのだろうかという部分が、全然伝わってこないのね。
例えば、お話が起承転結という意味でちゃんと収束してなくても、それは別に大きな問題じゃないと思うのね。
少しずつ小出しにされる伏線とかエピソードとか、それらの表現だけで十分想像可能だし、そういう想像を楽しむのは嫌いじゃないし。
演出の方法としても、回転舞台であるとか、二つの世界が交わってセリフが交差するのだとか、そういうのも特別新しくはないし、ごちゃ混ぜになることもなく分かるから、まあいいのよ。
ただねぇ…。
うーん。
KERAさんとしては、悲劇があるなら喜劇もあるし、だから感動もあれば特別な感情を呼び起こさないこともあり、死を描くなら生も描くべきで、演劇というものはすべからくテーマを持つべきだという主張もアリなら、特にテーマなどないといった主張もアリではないか、と。
そのようなことがパンフの前書きにあったし、実際今回の舞台はそういった言葉通りなものだったと思う。
そういう意味ではこれは実験的な舞台…とも言えるのかもしれないけど…。
実際問題として。
これだけのネームバリューのある役者と舞台を使って、長い作品を提示していて…、私はそれらのバランスがうまくとれていたようには思えないんだよね。
不条理を不条理として受け止めるタイプの人ならば楽しめるのでは…、というこの舞台への感想を目にもしたけど、これはそういうものじゃない気がする。
仮に不条理劇であってもやはり、作品全部からの印象として何かが漂ってくる、そういうのが「作品」というものではないか、と思うから。
んんん、やっぱり私はKERAさんと相性がよくないのだなぁと実感してしまったのでした。
▼12人の優しい日本人
2005年12月17日 演劇
日本に陪審員制度があったらという架空の設定を基に、12人の陪審員がある殺人容疑者の判決をめぐって議論を繰り広げるコメディ。
←これは映画版。
このチケットはもうマグレであたったようなもので(笑)、すっごく嬉しい。三谷さんの舞台ってもう、プラチナチケットですからね。
野田MAPとかは定期的にDMを受け取るようにしているから、比較的優先予約でチケ取りに参戦できるのだけど、こちらはそういう下地が全くなくて。
偶然チケットサイトからのDMメールで今回の舞台公演の情報を入手したので、抽選に参加したら、席が取れたのでした。
あああ、これで運を使いはたしたような気がする(笑)。
というわけで、初めてのパルコです。
ここの劇場は初めてで、以前ここで上演された舞台をDVD化したものを観たことがあるのだけど、その時には舞台が結構広く見えたのだけど、本物をみたら思ったより狭くてびっくりした。
ってことは、広く見せた舞台美術さんが上手だったってことだわね。
物語そのものは結構再演されているし、映画にもなっていて有名なのね。私も以前映画版を観たことがあります。
しかし、三谷さんは役者への宛書をする脚本家さんなので、再演とはいっても俳優によって全然違うものになる。という噂。
なので、楽しみにしていました。
現代日本で陪審員制度があったら?という仮定の上にできたこの物語は、ある事件をめぐって12人の陪審員たちが有罪か無罪かを話し合うというもの。
二時間の舞台の間中、ひたすら陪審員たちが話し合い、それを客が観ることになります。
昼に見た舞台が難解(笑)だったので、こちらはとても気負うことなく単純に楽しめたのもよかったかも(^^;。
随所に笑いがあって、喜劇って頭を空っぽにして全身で楽しむことができるのがいいですね。
「論理的に説明して!」
「いや、だから、直感なんです!!」
直感男の筒井道隆がはまり役でした(笑)。
こちらは来月WOWOWで生中継の予定なので、もちろんもう一回観る予定。
舞台は生が一番なのはもちろんだけど、やっぱり次善のものとして映像も捨てがたいしね。
←これは映画版。
このチケットはもうマグレであたったようなもので(笑)、すっごく嬉しい。三谷さんの舞台ってもう、プラチナチケットですからね。
野田MAPとかは定期的にDMを受け取るようにしているから、比較的優先予約でチケ取りに参戦できるのだけど、こちらはそういう下地が全くなくて。
偶然チケットサイトからのDMメールで今回の舞台公演の情報を入手したので、抽選に参加したら、席が取れたのでした。
あああ、これで運を使いはたしたような気がする(笑)。
というわけで、初めてのパルコです。
ここの劇場は初めてで、以前ここで上演された舞台をDVD化したものを観たことがあるのだけど、その時には舞台が結構広く見えたのだけど、本物をみたら思ったより狭くてびっくりした。
ってことは、広く見せた舞台美術さんが上手だったってことだわね。
物語そのものは結構再演されているし、映画にもなっていて有名なのね。私も以前映画版を観たことがあります。
しかし、三谷さんは役者への宛書をする脚本家さんなので、再演とはいっても俳優によって全然違うものになる。という噂。
なので、楽しみにしていました。
現代日本で陪審員制度があったら?という仮定の上にできたこの物語は、ある事件をめぐって12人の陪審員たちが有罪か無罪かを話し合うというもの。
二時間の舞台の間中、ひたすら陪審員たちが話し合い、それを客が観ることになります。
昼に見た舞台が難解(笑)だったので、こちらはとても気負うことなく単純に楽しめたのもよかったかも(^^;。
随所に笑いがあって、喜劇って頭を空っぽにして全身で楽しむことができるのがいいですね。
「論理的に説明して!」
「いや、だから、直感なんです!!」
直感男の筒井道隆がはまり役でした(笑)。
こちらは来月WOWOWで生中継の予定なので、もちろんもう一回観る予定。
舞台は生が一番なのはもちろんだけど、やっぱり次善のものとして映像も捨てがたいしね。
野田MAPの公演は久しぶりじゃないかしら。
この作品は、野田MAPの記念すべき(?)第一回上演作品で、今回はその再演です。
タイトルから推測可能なんですが、ベースはドストエフスキーの「罪と罰」。
人間には理想を実現するべく生まれた崇高な人とそうでない人の二種類があり、理想を実現するためにはたとえ殺人を犯してもそれは罪ではない、という主義を主張するラスコリーニコフが主人公。
原作(というか原案に近いかな)は、高校の時だったかに一度手を出したのよね。しかし、どうもこの手の文章を読みなれていないのと、テーマが重くてちょっと大変で、結局主人公が殺人を犯した時点で脱落(^^;。
物語は、この殺人後がメインなので全然意味ないっていうか…(^^;。
なので舞台の物語がどういう方向にいくのか全然予備知識なしでの観劇でした。
今回の舞台は変形で、一階前部客席部分に張り出し舞台になっていて、通常舞台があるところに客席が作られていました。
舞台を中央に四方から客が観ることになります。
今回は結構席がよくて、通常舞台がある側の席で見ることができました。
舞台との距離がとても近くで、俳優たちの表情がすごくよく見えます。
しかし俳優の皆さんは白熱してくると唾を飛ばしまくりで、そこまで近くなくてよかった(笑)。
主演は松たかこなのですが、私はどうも彼女が苦手なのよね。
巧いとは思うのだけど、あまり俗っぽさというか人間臭さが感じずらい女優なイメージがあって、前回「オイル」で主演をした時は彼女が弟のために(だけじゃないけど)復讐を誓う部分にリアリティが感じにくかった。
しかし、今回の主役には彼女はぴったりですよ。
こうあるべきだ、という強い主張を持ち、それを体言することにためらいのない、凛とした人物を、完璧に演じていたように思います。
そして、自分の中に抱える理想の姿と、それに追いついていけない自分の感情を持て余し、どうあるべきか、どうするべきか、悩みながらも理想を追い求めることも辞められないという葛藤が、とても巧く伝わってきました。
クライマックスで親友に罪を告白するシーンでは、彼女の思想と意志による強い主張がナイフのような言葉となって放出されているのに、しかし人を殺してしまったことへの感情的な負い目のようなものからも逃れられない自分に対する苛立ちや嘲り、落胆のようなものが全身に表現されていて、その立ち姿に胸を打たれました。
単純に悲しいのでもなく、なんと表現していいのかわからない強いなにものかに揺さぶられたように、気がつくと涙が溢れてきてしまったのは、自分でもビックリしたぐらい。
親友の役は古田新太さんで、普段お笑い担当の役のイメージが強かったのだけど、今回はすっごくイイ二枚目の役でした。
なのに意外さは少なくて、おどけてみせながらも芯のあるメッセージを抱え、主人公の親友であり続けた姿は凄く格好良かったなぁ。
脇では、段田さんがとてもいい雰囲気をかもし出してました。
とても真っ直ぐなな人物で、それゆえに主人公を追い詰めていく嫌らしさが際立って、味があるっていうか。
物語の筋は、見方によってはかなりわかりやすいものなので、あとはその思想をどう受け止めるか、役者の演じ方をどう観るか、ポイントはそのあたりかもしれません。
今回は幸運なことに来月もう一回見ることができるので(しかも今度は舞台の反対側からなので、演出も違って見えるかも(^^))、次の観劇が楽しみであります。
この作品は、野田MAPの記念すべき(?)第一回上演作品で、今回はその再演です。
タイトルから推測可能なんですが、ベースはドストエフスキーの「罪と罰」。
人間には理想を実現するべく生まれた崇高な人とそうでない人の二種類があり、理想を実現するためにはたとえ殺人を犯してもそれは罪ではない、という主義を主張するラスコリーニコフが主人公。
原作(というか原案に近いかな)は、高校の時だったかに一度手を出したのよね。しかし、どうもこの手の文章を読みなれていないのと、テーマが重くてちょっと大変で、結局主人公が殺人を犯した時点で脱落(^^;。
物語は、この殺人後がメインなので全然意味ないっていうか…(^^;。
なので舞台の物語がどういう方向にいくのか全然予備知識なしでの観劇でした。
今回の舞台は変形で、一階前部客席部分に張り出し舞台になっていて、通常舞台があるところに客席が作られていました。
舞台を中央に四方から客が観ることになります。
今回は結構席がよくて、通常舞台がある側の席で見ることができました。
舞台との距離がとても近くで、俳優たちの表情がすごくよく見えます。
しかし俳優の皆さんは白熱してくると唾を飛ばしまくりで、そこまで近くなくてよかった(笑)。
主演は松たかこなのですが、私はどうも彼女が苦手なのよね。
巧いとは思うのだけど、あまり俗っぽさというか人間臭さが感じずらい女優なイメージがあって、前回「オイル」で主演をした時は彼女が弟のために(だけじゃないけど)復讐を誓う部分にリアリティが感じにくかった。
しかし、今回の主役には彼女はぴったりですよ。
こうあるべきだ、という強い主張を持ち、それを体言することにためらいのない、凛とした人物を、完璧に演じていたように思います。
そして、自分の中に抱える理想の姿と、それに追いついていけない自分の感情を持て余し、どうあるべきか、どうするべきか、悩みながらも理想を追い求めることも辞められないという葛藤が、とても巧く伝わってきました。
クライマックスで親友に罪を告白するシーンでは、彼女の思想と意志による強い主張がナイフのような言葉となって放出されているのに、しかし人を殺してしまったことへの感情的な負い目のようなものからも逃れられない自分に対する苛立ちや嘲り、落胆のようなものが全身に表現されていて、その立ち姿に胸を打たれました。
単純に悲しいのでもなく、なんと表現していいのかわからない強いなにものかに揺さぶられたように、気がつくと涙が溢れてきてしまったのは、自分でもビックリしたぐらい。
親友の役は古田新太さんで、普段お笑い担当の役のイメージが強かったのだけど、今回はすっごくイイ二枚目の役でした。
なのに意外さは少なくて、おどけてみせながらも芯のあるメッセージを抱え、主人公の親友であり続けた姿は凄く格好良かったなぁ。
脇では、段田さんがとてもいい雰囲気をかもし出してました。
とても真っ直ぐなな人物で、それゆえに主人公を追い詰めていく嫌らしさが際立って、味があるっていうか。
物語の筋は、見方によってはかなりわかりやすいものなので、あとはその思想をどう受け止めるか、役者の演じ方をどう観るか、ポイントはそのあたりかもしれません。
今回は幸運なことに来月もう一回見ることができるので(しかも今度は舞台の反対側からなので、演出も違って見えるかも(^^))、次の観劇が楽しみであります。
▼キレイ 神様と待ち合わせした女
2005年7月23日 演劇
←これは初演のDVD
再演です。
大人計画は有名な劇団だし、ここ数年気になる人が所属していることもあって興味はあったのよね。
とはいえ、既に出遅れてる感一杯な状態でチケットゲットは難しそうだったので、諦めてたんです。
そんな状態で松尾スズキがシアターコクーンで舞台をやるとなったので、即チケットゲットですよ。
うち、Bunkamura会員なんで優先予約できるんですわ(笑)。ついでにBunkamura会員優先って結構席がアタリなのよね。
っちゅーわけで、初大人計画!(^^)
座席は前から四列目。
近いのは嬉しいが、近すぎて座席の段差がなく、背が低いワタクシにはかなり辛い席でした。
役者さんたちが座ったり寝たりの演技になると、まったく見えません(;_;)。しくり…。
物語は、マジシャンと名乗る謎の男に誘拐監禁されていた少女が、地上に出たところから始まる。
地上に出るときに、それまでの過去を忘れ去った少女は頭に残っていた唯一つの単語「ケガレ」を自らの名前にした。
戦争真っ只中の地上に出たケガレは、戦場でダイズ戦士の回収業を行うカネコ組の仲間となり、自分の身体と同じ重さの小銭を集めることを目的とすることで、生き続けるしかなかった−−。
結構長いお話でしたね。
途中の幕間休憩を入れて、三時間半ぐらい。
物語そのものは、クライマックスでケガレの過去が明らかになる部分が丁寧に描写されていたのに対し、ハリコナやカネコ組の面々の描写が多少なおざりになっていたかなぁという感じがしました。
まあ、ケガレの物語なのである程度はいいんだけど、ハリコナの最後が個人的にちょっと悲しい…。
同じ最期だとしても、もうちょっとケガレのストーリーに交わらせてあげたかったかなぁ、と。
最初の予定では、ケガレは酒井若菜だったんだけど彼女が先月病気で降板、代役で鈴木蘭々と聞いたときには正直大丈夫か?とか思ってしまったんだけど、これがすっごく合ってた。
ごめん、蘭々(^^;。
ミュージカル風だったので歌も多かったんだが、蘭々って歌がうまいのねぇ。
聞くところによると初演の奥名恵は歌が下手だったらしいのですが(^^;、ケガレが歌が下手だとこの芝居はかなり厳しい気が…。
阿部サダヲは相変わらずのはじけっぷりでサイコーだし、クドカンはほんっとスレンダーでうそ臭いマジシャン役にぴったり、岡本健一は楽しそうにゲイを演じてたし、橋本じゅんは頼もしくもほろ苦いダイズ丸がハマってました。
初演のDVDが発売されてるけど、この再演版も是非パッケージして欲しいなぁ。
まずはWOWOWの放送待ちだわね。もう一回観たい。
再演です。
大人計画は有名な劇団だし、ここ数年気になる人が所属していることもあって興味はあったのよね。
とはいえ、既に出遅れてる感一杯な状態でチケットゲットは難しそうだったので、諦めてたんです。
そんな状態で松尾スズキがシアターコクーンで舞台をやるとなったので、即チケットゲットですよ。
うち、Bunkamura会員なんで優先予約できるんですわ(笑)。ついでにBunkamura会員優先って結構席がアタリなのよね。
っちゅーわけで、初大人計画!(^^)
座席は前から四列目。
近いのは嬉しいが、近すぎて座席の段差がなく、背が低いワタクシにはかなり辛い席でした。
役者さんたちが座ったり寝たりの演技になると、まったく見えません(;_;)。しくり…。
物語は、マジシャンと名乗る謎の男に誘拐監禁されていた少女が、地上に出たところから始まる。
地上に出るときに、それまでの過去を忘れ去った少女は頭に残っていた唯一つの単語「ケガレ」を自らの名前にした。
戦争真っ只中の地上に出たケガレは、戦場でダイズ戦士の回収業を行うカネコ組の仲間となり、自分の身体と同じ重さの小銭を集めることを目的とすることで、生き続けるしかなかった−−。
結構長いお話でしたね。
途中の幕間休憩を入れて、三時間半ぐらい。
物語そのものは、クライマックスでケガレの過去が明らかになる部分が丁寧に描写されていたのに対し、ハリコナやカネコ組の面々の描写が多少なおざりになっていたかなぁという感じがしました。
まあ、ケガレの物語なのである程度はいいんだけど、ハリコナの最後が個人的にちょっと悲しい…。
同じ最期だとしても、もうちょっとケガレのストーリーに交わらせてあげたかったかなぁ、と。
最初の予定では、ケガレは酒井若菜だったんだけど彼女が先月病気で降板、代役で鈴木蘭々と聞いたときには正直大丈夫か?とか思ってしまったんだけど、これがすっごく合ってた。
ごめん、蘭々(^^;。
ミュージカル風だったので歌も多かったんだが、蘭々って歌がうまいのねぇ。
聞くところによると初演の奥名恵は歌が下手だったらしいのですが(^^;、ケガレが歌が下手だとこの芝居はかなり厳しい気が…。
阿部サダヲは相変わらずのはじけっぷりでサイコーだし、クドカンはほんっとスレンダーでうそ臭いマジシャン役にぴったり、岡本健一は楽しそうにゲイを演じてたし、橋本じゅんは頼もしくもほろ苦いダイズ丸がハマってました。
初演のDVDが発売されてるけど、この再演版も是非パッケージして欲しいなぁ。
まずはWOWOWの放送待ちだわね。もう一回観たい。
▼「まちがいの狂言」
2005年5月18日 演劇
舞台は、室町時代の瀬戸内海にある小国、黒草の国。幼い頃に生き別れてしまった双子の息子たちを再会させたいと、白草の国の商人、直介が敵国の黒草の国に上陸するところから始まる。息子と従者、ややこしい2組の双子の取り違えに巻き込まれた人々の騒動を、息のあったアンサンブルで、どこかユーモラスな魅力に富んだ「人間劇」として描く。
以前TVで放映されていたのを見たので、ストーリーは既知。
今回チケットを入手したのが遅かったので、三階のしかも後ろのほう。ただ、パブリックシアターは、二階三階の座席はかなり客席が高くセッティングされているので、前の席の人の頭が邪魔になるといったことはほぼ発生しない。
逆に、高所恐怖症の人には辛いかもしれないけど。
今回もややこし隊がにぎわしてくれるという前情報を聞いていたが、三階までは来てくれないだろうなと諦めていました。
しかし、時間ギリギリに席についたら、丁度同じ扉近くにややこし隊の方がいらっしゃって、とても面白かった。
近くの席の方が、ややこし隊の方を相手に遊んでいたのを楽しく眺めてしまいました。
こういう単純なストーリーの喜劇は、何度みても笑えるのがいいですね。
双子と双子の入れ替わる様や、太郎冠者のはしゃぎっぷりなど、見ている時間を忘れるほど。
同行者も一緒に笑ったりして楽しんでいたので、誘ってよかったなぁと思ったのでした。
以前TVで放映されていたのを見たので、ストーリーは既知。
今回チケットを入手したのが遅かったので、三階のしかも後ろのほう。ただ、パブリックシアターは、二階三階の座席はかなり客席が高くセッティングされているので、前の席の人の頭が邪魔になるといったことはほぼ発生しない。
逆に、高所恐怖症の人には辛いかもしれないけど。
今回もややこし隊がにぎわしてくれるという前情報を聞いていたが、三階までは来てくれないだろうなと諦めていました。
しかし、時間ギリギリに席についたら、丁度同じ扉近くにややこし隊の方がいらっしゃって、とても面白かった。
近くの席の方が、ややこし隊の方を相手に遊んでいたのを楽しく眺めてしまいました。
こういう単純なストーリーの喜劇は、何度みても笑えるのがいいですね。
双子と双子の入れ替わる様や、太郎冠者のはしゃぎっぷりなど、見ている時間を忘れるほど。
同行者も一緒に笑ったりして楽しんでいたので、誘ってよかったなぁと思ったのでした。
▼KERA・MAP#003「砂の上の植物群」
2005年5月3日 演劇個人的には大好きーというタイプの人じゃないんですよ、KERAさんって。
ただ、実際レベルの高い人だとは思うし、相棒がなぜか気に入っているし、今回が初舞台経験だという貴子ちゃん(常盤貴子)とかが気になっていたので、楽しみだったのでした。
席は比較的前の方だったので、役者の方の表情までみれたのはよかった。
どちらかというと大きい劇場なので、後ろのほうだったら声しか楽しめなかった可能性は大。
贅沢を言えば、もう少し中央付近でみたかった…。舞台向かって右よりだったので、スクリーンの文字が一部見えづらいことがあったのよね。
以前観たKERAさんの舞台もそうだったけど、この人って群像劇の作り方がうまいと思う。
複数のキャラがいろんなスタンスで行動し、その組み合わせで笑えたり、泣けたり、しみじみしたりと、堪能できる。
会話も、日常の言葉…スラングも含めて耳馴染みのいいセリフまわしが多く、舞台特有の言葉にそれらが浸透しているような感覚が特徴だと思う。
貴子ちゃんも映画でみるそのままの姿を観られて、単純にミーハーな私は嬉しい(笑)。
なんといっても私が彼女の一番好きなところは、声ですから(笑)。生であの声が聞けるなんて、嬉しいよう。
お話は、要素にSF的なものを含んでいるけど、これはSFじゃないよなぁ。
コメディも含みつつ、ちょっと変な物語で、でもでてくる人間にはすごくリアリティを感じるという、いつものKERAさんの物語でした。
希望を感じさせるエンディングで、彼らがその後未来に行くことができたならいいなぁと思いました。
ただ、実際レベルの高い人だとは思うし、相棒がなぜか気に入っているし、今回が初舞台経験だという貴子ちゃん(常盤貴子)とかが気になっていたので、楽しみだったのでした。
席は比較的前の方だったので、役者の方の表情までみれたのはよかった。
どちらかというと大きい劇場なので、後ろのほうだったら声しか楽しめなかった可能性は大。
贅沢を言えば、もう少し中央付近でみたかった…。舞台向かって右よりだったので、スクリーンの文字が一部見えづらいことがあったのよね。
以前観たKERAさんの舞台もそうだったけど、この人って群像劇の作り方がうまいと思う。
複数のキャラがいろんなスタンスで行動し、その組み合わせで笑えたり、泣けたり、しみじみしたりと、堪能できる。
会話も、日常の言葉…スラングも含めて耳馴染みのいいセリフまわしが多く、舞台特有の言葉にそれらが浸透しているような感覚が特徴だと思う。
貴子ちゃんも映画でみるそのままの姿を観られて、単純にミーハーな私は嬉しい(笑)。
なんといっても私が彼女の一番好きなところは、声ですから(笑)。生であの声が聞けるなんて、嬉しいよう。
お話は、要素にSF的なものを含んでいるけど、これはSFじゃないよなぁ。
コメディも含みつつ、ちょっと変な物語で、でもでてくる人間にはすごくリアリティを感じるという、いつものKERAさんの物語でした。
希望を感じさせるエンディングで、彼らがその後未来に行くことができたならいいなぁと思いました。
野田さんの舞台は、最近のものとは明らかに違う雰囲気のものでした。
初期の遊眠社時代のシナリオの再演だから、まあ当然といえばそうなんだけど、言葉遊びと意味ナシセリフのマシンガン攻撃で、単純に楽しめる部分が多かったように思います。
隣に座っていた人も同じようにノリ良く、大声で笑っていて、こういう雰囲気もなかなかヨシ(笑)。
そして、やっぱり深津絵里のあの声はすごいね。イっちゃってる加減もすばらしい演技。
こちら側と向こう側のストーリーが交差しつつ物語は進むのだけど、向こう側のヒロインである小西真奈美はちょっと食われてた印象。
小西も頑張ってたんだけど、やっぱりインパクトの差が歴然としてた気がする。
役のせいもあるかも、ですが。
メルスのアイドルぶりも笑えたし、久々の濱田マリさんもかわいらしいお声で、たっぷり笑った二時間でした。
ロングラン公演で来月もやるので、もし機会があればもう一度見たいなぁ。
初期の遊眠社時代のシナリオの再演だから、まあ当然といえばそうなんだけど、言葉遊びと意味ナシセリフのマシンガン攻撃で、単純に楽しめる部分が多かったように思います。
隣に座っていた人も同じようにノリ良く、大声で笑っていて、こういう雰囲気もなかなかヨシ(笑)。
そして、やっぱり深津絵里のあの声はすごいね。イっちゃってる加減もすばらしい演技。
こちら側と向こう側のストーリーが交差しつつ物語は進むのだけど、向こう側のヒロインである小西真奈美はちょっと食われてた印象。
小西も頑張ってたんだけど、やっぱりインパクトの差が歴然としてた気がする。
役のせいもあるかも、ですが。
メルスのアイドルぶりも笑えたし、久々の濱田マリさんもかわいらしいお声で、たっぷり笑った二時間でした。
ロングラン公演で来月もやるので、もし機会があればもう一度見たいなぁ。
▼赤鬼「日本語ヴァージョン」
2004年10月16日 演劇3ヴァージョンの連続公演ということで、ファン泣かせな企画でした。
でも、赤鬼貧乏になってでも見られてよかった!
今回の日本版では、やっとセリフが日本語ですよ(笑)。
ロンドン版(英語)、タイ版(タイ語)ではイヤホンガイドで日本後セリフを聞いていたのだけど、やっぱり舞台は役者の声で理解できる言葉を聞きたいなぁと実感しました。
最初の日本語のセリフを聞いた瞬間、すっごくスっと舞台のエネルギーが注ぎ込まれたのがわかったもの。
そして、一番人数の少ない日本版では、四人しか俳優がいないので、それぞれがいろんな役も兼ねあうことになるわけで、そのあたりの演出がとても巧くて感心させられました。
ラストは、既に何回も見て知ってるのに、やはり涙涙。
余談だけど、この舞台みたあとに中華街で食事して、コースにフカヒレのスープがあったのは、なんだか妙な感じがしました(^^;。
席が最前列で皆さんの演技をものすごい迫力をもって実感できたけど、贅沢を言えば後ろのほうの席も見てみたかったかも。
全体を見るという意味で。
そういう意味では、もしTV放映があるようなら、絶対見てみたいところです。
でも、赤鬼貧乏になってでも見られてよかった!
今回の日本版では、やっとセリフが日本語ですよ(笑)。
ロンドン版(英語)、タイ版(タイ語)ではイヤホンガイドで日本後セリフを聞いていたのだけど、やっぱり舞台は役者の声で理解できる言葉を聞きたいなぁと実感しました。
最初の日本語のセリフを聞いた瞬間、すっごくスっと舞台のエネルギーが注ぎ込まれたのがわかったもの。
そして、一番人数の少ない日本版では、四人しか俳優がいないので、それぞれがいろんな役も兼ねあうことになるわけで、そのあたりの演出がとても巧くて感心させられました。
ラストは、既に何回も見て知ってるのに、やはり涙涙。
余談だけど、この舞台みたあとに中華街で食事して、コースにフカヒレのスープがあったのは、なんだか妙な感じがしました(^^;。
席が最前列で皆さんの演技をものすごい迫力をもって実感できたけど、贅沢を言えば後ろのほうの席も見てみたかったかも。
全体を見るという意味で。
そういう意味では、もしTV放映があるようなら、絶対見てみたいところです。